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vol.3「作り手と食べ手の間」
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 私たちの日々の食事は、食材はもちろん、調理・料理も自分の台所ではなく企業などの外部の台所に依存することが多くなった。囲むべき食卓も外食が増えている。自分で作らずに他者にゆだねれば、どこかに不安と不信をかこつことになる。食の安全をめぐる議論には、ゆだねられた作り手への追及は厳しいが、ゆだねた食べ手のありようを問うものはどこか甘くあいまいで、希薄な気がする。

 かつて沖縄やんばるの百四歳の老女から「お前さんたち本土の人にとって食とは何か」と問われて返答に窮した。うろたえるこちらを見かねてか、「食は、ぬちぐすい、さ」と教えてくれた。「ぬち」とは命、「ぐすい」とは薬のこと。「食とは命の薬である。その大切な食を他人にゆだねておいて不信ばかりを募らせて、みっともないね。そんなに疑うなら、なぜ自分で作ろうとしないのか」と、台所と自宅裏にある自給の畑を案内してくれた。

 食と人間のありようを日本で初めて本格的に探究した食の哲学書『典座教訓(てんぞきょうくん)』『赴粥飯法(ふしゅくはんぽう)』で、道元禅師は、食の食べ手に対して「功の多少を計り、彼(か)の来処を量る」ことの大切を説いた。すなわち「この食事が作られるまでにかけられた多くの手間と労力を考えよ」と。加工食品を「何人もの人の手によって手間と労力をかけて作られた食べ物」と、喝破した道元の言葉をあらためてかみしめたい。そして道元は食の作り手にさらに問う。「食材が上等とか粗末であるとか差別するな。深い心で物を大切に無駄なく生かし、真心をもって調理・料理せよ」と。

 消費者と生産・流通・加工の間に横たわる食の安全性への不信感を解決すべく、国は今年、約八百種の農薬について残留農薬基準を決めた。基準を超えればどの食品も販売禁止となる。ひとまず消費者にとっては安心というところだが、その安心が作り手の苦痛の上にあってはなるまい。

 いま、東北各地でも、かけ離れた食の作り手と食べ手の距離を縮めるべく、食品流通加工の必死の努力が続いている。いずれも地域の食材に寄り添い、努力を重ね、その領域を少しずつ広げようとしている。私たちも、己の食のありようを問わず、不信をかこつだけのわがままな消費者でいることは許されないのではないか。

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結城登美雄
ゆうき・とみおさん
1945年中国(旧満州)生まれ。山形県大江町で育つ。山形大人文学部卒。仙台市内の広告デザイン会社経営を経て、東北各地の地域おこし活動に携わる。2005年3月、芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。宮城教育大非常勤講師。著書に「山に暮らす海に生きる」(無明舎)。
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