新潟県・新潟日報社『棚田で育てる新品種米(新潟県長岡市)』
新潟県農業大学校(新潟市西蒲区)の講師小林和幸さん(44)は9月初め、長岡市小国町森光の棚田を訪れた。地元の生産組合と協力して育てている有色米「紫宝」の発育状況を調べるためだ。収穫を前に、紫色に色づいた穂を眺めて小林さんは「今年はいい色になった」とつぶやいた。
紫宝は、小林さんが同県農業総合研究所作物研究センターに勤務していた2000年に開発した品種だ。ポリフェノールを多く含み、健康食品として人気が高まっている古代米の1つで、新たな食を提案しようと世に送り出した。
だが、5年後の追跡調査で、作付けが全県でわずか数ヘクタールにとどまっていると知り、小林さんはがく然とした。「品種開発者の仕事は、稲に名前が付いたらそれで終わりじゃないと感じた。普及しなければ、生産者や消費者の役には立てない」
小林さんは県の研修制度を利用して、05年9月に新潟大農学部の大学院へ社会人入学。講師と学生の二足のわらじで、新品種の普及や栽培法確立の研究を続けている。
紫宝はなぜ普及しなかったのか。小林さんは要因を2つ推測する。1つは栽培の煩雑さ。玄米で食べる古代米は農薬が使えない。花粉が飛び、周囲で育つコシヒカリが受粉して紫色のコメ粒が交じるとコシヒカリの等級が落ちるため、育てる水田を分ける必要もある。
もう1つは、”王様”コシヒカリの存在だ。小林さんは「農家は、名のあるコシヒカリさえ作れば売れる。わざわざ面倒な品種を作る気にならなかったのでは」とみる。
普及に向けた切り札は産地を作ることだ。森光集落との縁を結びつけたのは、小林さんを指導する農学部の福山利範教授(62)だ。森光担い手生産組合は、過疎化の進む中山間地で生き残るアイデアを得ようと、7年前から農学部と交流していた。福山教授は「棚田は平場の水田と比べて範囲を区切りやすく、紫宝の栽培に向いている。特徴を打ち出したい組合の意図とも合致した」と明かす。
初めて作付けした昨年は、10アールで6俵分を収穫した。試行錯誤しながらようやく育てたが、大半の玄米の色が薄かった。
実際に棚田で育ててみて、発見もあった。山から下りてきた冷たい水が入り込む水の取り入れ口に近い稲の生育が遅れ、出穂期がずれたために大半の稲より色が濃くなったのだ。「暑い時期に稲が熟すと、ポリフェノールが十分に生成されないことが確認できた」と小林さん。今年はこの経験を基に、田植え時期を昨年より3週間遅らせた。
小林さんは今年、農業大学校での教え子たちを田植えに誘った。産地化に向けた取り組みは、学生にとっても生きた教材だ。研究科1年の吉田武史さん(21)は「珍しい品種は高く売れ、農家の戦力になる。品種を開発した本人に教わるのはとても勉強になる」と話す。
新潟で生まれたコメを新潟でしっかり根付かせたい。小林さんは「森光が産地づくりの突破口になれば」と期待している。
■新潟大と相乗効果
「紫宝」の産地化に取り組む長岡市小国町森光の森光担い手生産組合は、2000年から新潟大農学部と交流している。組合の活動計画を見直す際に、事務局を務めた小島康市さん(55)が同学部にアドバイスを求めたことがきっかけだった。
農学部の福山利範教授(62)は「私たちは農業県にある地方大学。農業の現場にある問題を解決できなくては存在意義がない。大学側から押しかけるわけにいかないが、森光は向こうから相談に来てくれた」と振り返る。
これまでに、水はけの悪い水田の排水方法や、集落で作るコメの販売力の強化策などを相談してきた。ブランド化したコシヒカリの「もりひかり」はインターネットで販売網を広げ、森光産の酒米で作った日本酒の「もりひかり」も好評を得ているという。
そうした中、古代米「紫宝」の産地化に向けた取り組みは、組合にとっても新たな挑戦だ。小島さんは「米価は下がる一方だし、コシヒカリだけにあぐらをかいていては先がない。組合員の高齢化は進んでおり、組合に若い人を迎えるためにも、紫宝は大きなアピール材料になる」と意気込んでいる。
収穫を前に、森光担い手生産組合の田中実雄組合長(右手前)
とともに古代米「紫宝」の発育状況をみる小林和幸さん(左)。
「今年は粒が大きくて、色もいい」と笑顔を見せた
=長岡市小国町森光
昨年、森光で初めて収穫した紫宝。
ポリフェノールを多く含むほど紫色が濃くなる
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